沿革History

尾崎建設のあゆみ

尾崎建設は尾﨑盛澄が大正13年(1924)に高知市で創業しました。
当時の高知市は人口65,000人あまり、国鉄高知線(現・JR土讃線)の日下~高知間が開業して、初代高知駅が誕生した年でした。また大正13年の干支は甲子。甲子園大運動場(現・阪神甲子園球場)が開業した年でもありました。

創業時の初代は23歳。『正しいと判断したことは損得を考えず、とことんまでやりとげる』という信念で事業に専念。
国、地方公共団体の各種工事を施工し、尾崎建設の基礎を築きました。そして創業の年に生まれた2代目尾﨑盛隆が昭和44年(1969)に事業を継承。平成4年(1992)に現社長尾﨑盛裕にバトンタッチされています。

初代社長尾﨑盛澄(1924年2月~1969年2月)

写真:創業者・初代社長尾﨑盛澄尾崎建設の創業者。大正末期から数多くの工事を手がけ、尾崎建設の基礎を築いた。
昭和22年(1947)高知県土建工業会(現・一般社団法人高知県建設業協会)が結成されると理事として参画。昭和31年(1956)からは第4代会長を務めた。
また同年、自らが理事長となって高知県土木建築業協同組合(現・高知県建設業協同組合)を創立。
西日本建設業保証株式会社取締役、四国建設業協会連合会会長、全国建設業協会理事などの要職につき、地方産業の発展に貢献した。

2代社長尾﨑盛隆(1969年2月~1992年8月)

写真:2代社長尾﨑盛隆昭和44年(1969)2月、先代の逝去に伴い44歳で事業を継承。
同年6月に前年類焼した本社を追手筋から八反町(現在地)へ移転させ、7月には高知地区建設業協会副会長に就任。また9月に会社を改組し、新たなスタートを切った。
一貫して堅実経営を続け、平成4年(1992)に会長となり、経営の一線を退いた。

3代社長尾﨑盛裕(1992年8月~)

写真:3代社長尾﨑盛裕平成4年(1992)8月、社長に就任。
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沿革

1924年(大正13年)2月1日 尾﨑盛澄、総合建設業尾崎組を創業
1947年(昭和22年)9月18日 高知県土建工業会(現・一般社団法人高知県建設業協会)設立により会員
1951年(昭和26年)2月2日 尾崎建設株式会社に組織変更(資本金150万円)
尾﨑盛澄、取締役社長に就任
1951年(昭和26年)3月10日 最初の建設業者登録(高知県知事登録)
1956年(昭和31年)10月2日 取締役社長尾﨑盛澄、高知県建設業協会会長に就任
1959年(昭和34年)5月10日 資本金を400万円に増資
1964年(昭和39年)11月3日 取締役社長尾﨑盛澄、黄綬褒章受章
1969年(昭和44年)2月22日 取締役社長尾﨑盛澄逝去(従六位勲五等瑞宝章を追贈される)
1969年(昭和44年)2月28日 尾﨑盛隆、代表取締役に就任
1969年(昭和44年)6月1日 高知市追手筋26番地から高知市八反町44番地に本社移転
1969年(昭和44年)9月11日 尾崎建設株式会社を改組(資本金100万円)
1973年(昭和48年)4月13日 建設業法改正により高知県知事一般建設業許可第363号
1978年(昭和53年)8月13日 資本金を400万円に増資
1978年(昭和53年)9月1日 資本金を1,200万円に増資
1980年(昭和55年)2月16日 高知県知事特定建設業許可
1989年(平成元年)1月21日 資本金を1,800万円に増資
1990年(平成2年)5月25日 資本金を2,000万円に増資
1992年(平成4年)8月31日 尾﨑盛隆、代表取締役会長に就任・尾﨑盛裕、代表取締役に就任
1994年(平成6年)8月13日 資本金を3,000万円に増資
1995年(平成7年)11月22日 尾﨑盛隆、代表取締役会長を辞任
2009年(平成21年)11月16日 ISO9001:2008認証取得
2011年(平成23年)11月21日 ISO14001:2004認証取得
2013年(平成25年)4月1日 高知県建設業BCP認定取得
2016年(平成28年)5月11日 代表取締役尾﨑盛裕、高知地区建設業協会会長・高知県建設業協会高知支部支部長に就任
2017年(平成29年)8月22日 ISO9001・ISO14001:2015年版に移行
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